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火の鳥と宇宙と命の誕生と

数日前から手塚治虫の火の鳥を少しずつ読んでいます。
たしか大学生の最初の頃に読んだ以来。
表現手段が漫画なだけで、やはり文学作品にしか思えない話の構成。
軽はずみなハッピーエンドなんてなく、現実と同じぐらい辛く苦しい内容。
少なからずこの話の中に出てくることは、実現しつつありますよね。
人間、頭で想像できることはほとんど形にできる可能性を秘めている、
そんなことを思います。

十数年ぶりにプラネタリウムというものに行きました。
宇宙(そら)を感じた世界。
ありきたりな星座の説明だけにとどまらず、天文学とはなんぞや、との
話にまでツッコミを入れてくる学芸員の話にも驚きつつ
始まったスライドは宇宙の誕生から、太陽系以外の銀河が無数にあることの説明。
天文学的数字。その名の通り気が遠くなるような奇跡の中で
いま、ここにいて暗黒空間に浮かぶ青い地球にいることに疑問はわけど
当然答えなんて出ず。
思い出したのは、映画や漫画の世界で、宇宙人が地球を見て
「美しい」と思うのは当然だなということ。
『チタマはワシが占領するだがや』というニコちゃん大王しか
頭に浮かばなかったのが、どうにも幼い頭の自分であるが・・・。
わかるわかる、その気持ち、であるなぁ。
遠くから見るのは綺麗な富士山だけど、近づくとあんまりな感じにならない
ように地球もしなくちゃいけないよな、とも思うわけであったり。

帰り道。
今朝AM3時ごろ生まれたご近所さんお友達の子供の顔を
拝ませてもらうために病院へ。
お世辞抜きで可愛らしい女の子。
プラネタリウムをひきずっているので、
色んな銀河がある中で、ここの親子を選んで生まれてきた
この子の運命やら他人事ながら思ってしまう。
天文学的な宇宙の寿命より、目の前の小さな命が
とてもいじらしく、愛らしく感じた一日。
健やかに育って欲しいと切に思う。

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